桃ジュースの 「ネクター」ってどういう意味だろう?と思った事例をマンガにして、私の思う「ラクガキ力」とは何かを解説してみます
先日、子供が目の前で「国産桃のネクター」なるジュースを飲んでおりました。
これ自体、特別なシチュエーションというわけはないのですが、ふと「ネクターってどういう意味なんだろう?」という疑問が湧いて、そのままリアルタイムに描いていったのが上のラクガキです。
これでネクターについて分かったこと
- 語源は古代ギリシア語のネクタルから
- 果実をすりつぶして作る製法のこと
- 元は森永製菓の商標だった
- 業界発展のため社団法人日本果汁協会(そんなものがあるなんて!)に商標が移譲され管理されている
は、ほぼ説明出来ているのですが、今回はこの事例を元に私が普段物事を考えるときの流れみたいなものを書いてみたいと思います。
私の思う「ラクガキ力」と3つの要素
私は以前から「ラクガキ力」という言葉を使っているのですが、それは決してラクガキをする力(=画力)のことではありません。
私が主催しているラクガキ講座「ハッピーラクガキライフ」のページにも書いているのですが、私の考える「ラクガキ力」とは
- 観察・発見力
- 空想・想像力
- 創造・表現力
の組み合わせです。
今回の「ネクター」の件はこれがちょうど含まれているなと思ったんですよね。
ラクガキ力とは | ハッピーラクガキライフ
http://happyrakugaki.com/rakugaki-power/
発見し、観察すること
私達の身の回りでは常に多くの現象が起こっています。しかし、この全てを認識していると脳の処理が追いつかないため、私達は無意識の内に必要な情報意外を無意識に無視するようになっています。
すると「見えているけど分かっていない」という状況が生まれます。
もちろん、普通に暮らす分には全く問題はないのですが、何かを考えたり、デザインをしたり、絵を描いたりという、新しいものを生み出す時には、今そこにあるものがどうなっているのかを発見・観察することが必要になります。
実際、多くの人が発見のきっかけはつかんでいても見逃していることが多いかなと感じます。上のマンガでいうと「そういえば…」みたいに思った時は発見の種です。こう思った瞬間に敏感になりそこから観察を開始したり、メモとして残しておくと、それはきっと新しいアイデアの種になるでしょう。
観察ではそのもの自体についてよく見て考えることはもちろん、似たように感じている他のものと比較することでその特徴が見えてきたりします。
「そういえばネクターって桃のことがほとんどだな…」という部分がそれにあたります。
空想・想像すること
現代のようにスマートフォンが当たり前の存在になり減ってしまったのが、この「考える」にあたる部分ではないかと思います。よく私自身も疑問に思うとすぐに検索して満足してしまいますが、こういうときこそ物事について考える機会になります。
考えるときに使えるのが自分の今までの記憶、経験です。
例えば同様のモノの印象であるとか、似たようなものを材料として連想、組み合わせることで、考えの幅を増やします。
色々なものを見ていくと、世の中にあるパターンが見えてくることもあります。今回でいうと「製法かな?」だとか「ジュースと似たような意味の多国語かな?」と思い浮かんだ部分になります。
パズル問題や数学の問題をたくさん解いていくと、問題を見た瞬間にあのパターンかな?と思い浮かぶあの感じです。
創造・表現すること
そしてさらに大事なのが、この創造したり表現したりする部分です。
どんなに素晴らしいアイデアも、考えただけでは誰にも伝わることはなく、時が経てば自分自身も忘れてしまいます。今回の私の場合は上のようにマンガにして、さらに今こうしてブログを描いているわけですが、一番簡単なもので言うと人に話すというのでもいいでしょう。
もちろん今ですとSNSなどを使ってシェアしてみてもいいかもしれません。
ただ「書き込むこと」が即表現であると考えるのはとても危険です。
情報を横流しにするだけ、例えば「ネクター」の例で言えば、ググってWikipediaのリンクを貼り付けるだけなのと、「ネクターっていうのが果実をすりつぶして作る果肉飲料という意味らしいけど、よく見る桃以外においしい果物ってなにがあるだろう?」とあらたな疑問のカタチにするのだと、きっかけは同じようでまったく別物だというのが分かっていただけるかと思います。
この2つの違いはやはり表現に至るまでの観察だったり、想像をどれだけしたかによると思うのです。
「ラクガキ」だけではない「ラクガキ力」
さて、ここまで見てきたように「ラクガキ力」といいながら、実際にはラクガキすることにこだわってはいません。大事なのは「観察・想像・表現」のサイクルを回すことです。
とはいえ、私がそれでもラクガキにこだわる理由は、こういった一連のプロセスを言語だけでなくイメージで発想・表現できるからです。
例えば上のマンガにしても、単に文章で伝える以上の印象をあたえることができますし、何より自分自身にとっても意味だけでなく、イメージとして記憶することが可能になります。同じ文字にしても、画面上のフォントで見るのと手描きの文字で見るので全く印象も変わります。
パソコンやスマホといった情報技術が発展した今だからこそ、ラクガキによるイメージ的な発想や表現が、その人自身の個性をより引き出すものになるんじゃないかな、なんて。
長々と書いてきましたが、最終的にはそんな小難しいことを考えなくても、色んな人が楽しくラクガキできるようになればいいなと、そんなことを今後も伝えていきたいなと思ったのでした。
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