彫刻家の父が教えてくれたこと【ラクガキ×ラクブン Returns01】
私が子供の頃、いたずらをするとお仕置きとして押入ではなく、父の仕事場に閉じこめられたものだった。
芸大出身の父は、仕事をする傍ら彫刻作品を作っていた。
真っ暗な部屋に父の作ったトルソーの輪郭がうっすらと浮かび上がり、鼻をくすぐるのは塑像用粘土の匂い。
嗅覚が記憶を呼び覚ますというが、いまだにあの匂いを嗅ぐとどこかくすぐったい気持ちになってしまう。
そんな父は私が物心つくかつかないかの頃から、モノを作るということについて、時には言葉で、時には行動で様々なことを教えてくれた。
その中に「彫刻作品は素材の時点で、すでにその形を内包している」というものがあった。他の場所で聞いたような気もするので、もしかしたら父もどこかで聞いた話だったのかもしれないが内容としてはこうだ。
絵画は真っ白なキャンバスに絵の具を使って絵を描く、つまり無から有の創造作業になる。
対して木彫や石彫作品において、木や石はすでに最終形態を内包しており、彫刻家はその形に向かって余計な部分を削り落としていく、つまり有から有の創造になる
ということだった。
こう考えると路傍の石も、あたりに生えている樹木も世界的名作になる可能性を内包していると言える。
なんと夢のある話ではないか。
ふと足元の石を拾ってじっくりと眺めてみる。
この石の中に内包されているのは笑顔か泣き顔か。
私は石を彫る技術を身につけず大人になってしまったので、その石が内包した表情を取り出すことはできない。
だけどせめて、そばにいる人が内包した笑顔を取り出してあげられるような、そんな人間になりたいと私が思っているのは、あの時の父の話があったからに違いない。
「ラクガキ×ラクブン」は2012年に日曜アーティストの工房のTOMAKIさんと行ったコラボプロジェクトです。お互いがラクガキを送りあい、そこから勝手に文章(ラクブン)をつけるというもの。
二人の右脳と左脳のコラボレーションをお楽しみください。
本記事はブログ「切り抜きジャック」よりの再掲となります。
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