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「余裕」とは、気が付けばそこにあるものではなく自ら動いて感じるもの


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ひとつ前に公開したの投稿。

こちらの中にこんなツイートがありました。

今回はこの中の「余裕」という言葉についてもう少し。


なんだか世の中全体的に「余裕」がない…?

あくまで個人的な印象という前置きをしますが、「自分探し」という言葉を一つとってみた場合、以前はどこか反骨精神からくる感情があったように感じたのです。例えば名曲「15の夜」で自分の存在が分からず震えていた少年が盗んだバイクで走りだしたように。

対して今の「自分探し」って「正解」となる自分がどこかにいて、まだそこへたどりついていない状態だと感じている人が多い印象なのです。

さらに、回り道はできないから立ち尽くしてしまって、あたりを見渡した時に動いてる人を見て、「自分には何もない」と妙に自信を無くしてしまっているというか…。

この「回り道してもいいよな」という心が、すなわち「余裕」であると考えています。


余裕は空気みたいなもの

空気って、じっとしていると存在しているかどうかを気にする人はほとんどいなくて、なんの疑いもなく呼吸をするだけです。

そんな空気を感じる方法の一つが動くこと。
歩くと、走ると、頬をなでる風が空気という存在を感じさせてくれます。

同じように「余裕」を感じるためには、感じるための努力が必要です。
自分自身を俯瞰してみて、どこで、誰といて、何をしている時に「余裕」を感じることができるのか。これは単なる「余暇」の話ではなく、焦らずに判断・行動できる瞬間を見つけるということ。

「自分なりのやり方」のやり方というのは、やっていて楽しい、気持ちいい、時間を忘れてしまうというようなものです。文章を書くのが楽しい、たくさんの人に会うのが楽しい、新しいことを知って伝えるのが楽しい…色々あると思います。

私の場合は「ラクガキ」という表現を通して自分を客観視し、物事を考え、それが自分にとって「余裕」を感じる手段になっています。
(自分を客観視するのは「メタ認知能力」ともいい、その内容はこちらの記事に)

そして、上記ツイートでいうところの「言語化」というのはその自分なりのやり方を他人に伝えるために必要なことだと考えています。
私のラクガキ講座はまさにこのようにして生まれたものです。



そしてやっぱり、「余裕」がある人のところに人やお仕事や色んなものが集まってくるんですよね、何をするにしても。

ガツガツしてて、余裕がない人より、そっちのほうがいいじゃないですか。

20170117154432

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